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寛太郎のカイト日誌

内容はカイトに限らず種種雑多です。好みの選択は「カテゴリー」をご利用下さい。日本語訳は全て寛太郎の拙訳。 2010年10月18日設置

   

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水の感触

午前中、デスクワークに精出しながら、風の様子をチラチラ見ていたら、ちょうど昼ごろからドンと北風が入ってきた様子。いつものごとくイソイソと堀江に出かけた。既に沖合いではF君が快走している。私も12㎡で出てみたが風は軽く、沖合いからの白波もく柔らかい面持ちで寄せている。すぐに19㎡に切り替えて、合計40kmほどは走った。

海の表情も風や潮や空模様で千変万化するが、これからの数ヶ月は私が最も好む色合いを見せる。気温や水温が身体に優しくなるのも嬉しい。今日は久しぶりにめんどくさい手袋を必要としなかった。カイトコントロールの大半は片手で済むから、思い切りリーンアウト(風上側に身体を傾けること)しながら、余った片手でキラキラ光る海面を撫(な)でる。

ウィンドの時もそうだった。海の「風読みスポーツ」の有り難いことは、気体(風)だけでなく液体(水)の恩恵にも浴することができるということだろう。手の平で飽きることなく水を弾(はじ)いていると、飛散する泡沫と共に、なんだか海という大生命体の持つエネルギーみたいなものが、身体の中に流れ込んでくるような気持ちさえする。

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初春の風

今日の堀江もよく吹いた。まともな北東順風が時に10mほど。初春の風らしくウキウキ、ソワソワと軽く踊っているような感触だ。そうは使うことのない10㎡と、順風(私にとっては8m程度)で活躍する12㎡で40kmほど走った。110222h.JPG

途中気分転換にと、ディレクショナルを引っ張り出してジャイブの練習も少し。当然ながら、いつものツインチップとは扱いがまったく異なる。これはこれで、それなりに時間かけて練習しないとどうにもならない。

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北風順風

今日は良く吹いた。完全にオンショアだが比較的安定した北風で50kmほど走った。はるか沖で淡々とディレクショナル・スタイルを楽しんでいるF君はもっと走っている。M君も久々に風に吹かれて幾らかはリフレッシュしただろう。今週は仕事の徹夜続きで大変だったにちがいない、彼には珍しく2時間ほどで切り上げた。懸命な判断だと思う。IMGP0358s1024pix100kb.jpg

陸・海・空を問わず、道具を使って行う全ての活動において、自己管理(人)は機材(道具)や環境と並び、安全管理の要素の中でも最も大切なものだ。しかし、自分の身体や心はあまりに身近で見えにくいという面もあり、ややもすると無理を強いてしまうことがある。

「人」と「機材」と「環境」・・・空の世界で私はこれを「飛行のための三要素」と呼んで教習活動や自分の飛行形態を決める際には必ずチェックすることにしていた。そもそも、この三つの要素の一つでも欠ければどんなフライトも成立しない。飛行機材や飛行環境はもちろんのこと、優れたインストラクターは教習生のその日のコンディションをかなり正確に見抜く目を持っている。

余談だが、「パイロット一年目の危機」というのがある。団体によって多少の違いはあるが、スカイスポーツの教習課程は幾つかの段階を踏みながら技能の向上を図ることになっていて、イントラの指導や誘導を必要としない「一人前」の飛行家=パイロットになるには早い人でも1年近くかかる。飛行経歴に加えて実技や学科試験もあるから、初心者にとって「パイロット」という資格は、最大の目標であり憧れでもある。

ところが、教習中は事故と無縁の初心者パイロットが、たいがいは一年以内に相当な割合で大小の事故を起こすという事実があった。それは教習活動の宿命とも負の側面ともいうべきもので、痛い目にあった初心者パイロットの多くはそのとき初めて、何かと不自由な教習中は、経験豊かなイントラのきめ細かい観察や胃の痛くなるような指導を存分に享受していたのだ・・・ということに気が付く。

もう一度言うが、これはこの種の教習活動の宿命とも負の側面とも言うべきものだ。逆に言うと教習活動がなければこういうことは起こらない。私の知る限りでは、優れたインストラクターの多くは自ら試行錯誤を重ねながらその草創期を生き延びてきている。つまり、誰かの教習を受けて自己の技能を築き上げたのではない。興味深い逆説ではないだろうか。

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文明的

日本でも有数の保守王国と言われるこの愛媛県に、どうしてこれほどリベラルな匂いのする愛媛新聞が普及しているのか、不思議な気もする。我が家の皆も、ずいぶん長い年月この新聞を眺めているが、中でも随論に類するコーナーには、加藤周一や山折哲夫や養老猛・・・など、時に驚くほど意外な人物が登場して、私を大いに喜ばせる。110217e-gennrons1024pix200kb.jpg

今回は入江昭先生だ。少しでも国際問題に興味を持つ者で彼の名前を知らない人はいないだろう。私もリベラルな国際学者として名前くらいは覚えていたが、未だに彼の著作をまともに読んだことはない。しかし、今日の「論壇」の2000字ほどの小論を読んでいると、その見識の広さと深さは充分に推して知ることができ、読後感を圧縮すると、「やはりそうか^^!」という感慨の一言だ。

彼は冒頭、バートランド・ラッセルの文明観を提示しながら「国家」の非文明性を論じ、間に少し国連など国際機関の使命を挟んでから、今後の国際社会における文化的文明論に触れ、「太平洋文明」に期待を寄せて論を閉じている。

私がこの小論に共鳴する理由の一つは、たまたま現在、私もラッセルの著作の幾つかを再読・熟読している最中であるということもある。そして、文明史と呼ばれることの多い人類の歴史が、小さく閉じた世界から、より広大で開かれた世界に向かって着実に進行していることも、否定しようのない事実だからである。

ちなみにラッセルは、

"Do not fear to be eccentric in opinion, for every opinion now accepted was once eccentric.”
「風変わりな意見を持つことを恐れるな。現在受け入れられている意見の全ては、かつて風変わりだったのだから」・・とか
"Men are born ignorant, not stupid. They are made stupid by education.”
「人は無知に生まれるが、愚かに生まれるわけではない。人を愚かにするのは教育である」

とか言ったりする人物である。(全て寛太郎の拙訳)

有難迷惑(2)

「有難迷惑」とからめて、「シーマン・シップ」について少し考えてみる。

地上には彼の国で古くから「ジェントルマン・シップ」があり、時代の変遷に従って多少とも意味合いが変化しながら、近代以降は概(おおむ)ね「品格があって礼儀正しく、相手の立場を尊重する」ことを規範とする。

空には「エアマン・シップ」があり、航空の歴史が始まってからできた言葉だからそう古いものではない。「ジェントルマン・・・」よりずっと「自由」の薫りが強く、20世紀初頭生まれの動力飛行機が第一次世界大戦で戦争の具(愚)になった頃に生まれ、1920年代のバーンストーミングの時代にかけて熟成されたものだろう。

バーンストーミングといえば、たちまち連想するのが複葉機だ。ヨーロッパ戦線に投入するために米国で量産された複葉機の一種が大量に民間に払い下げられ、大空のロマンと自由を求める多くの人たちの夢を現実のものにした。「翼よあれがパリの灯だ!」で有名なチャールズ・リンドバーグなどもその一人だ。彼はやがて大西洋の単独横断飛行に成功して世界的英雄になった。後に婦人と共に太平洋の北方西回り航路を開拓しながら日本にも滞在している。

アメリカという大陸はまだ広大な自由の許容量を有している。毎年春に行われるフロリダの航空ショーの会場の一角では、中には自宅の庭から飛んで来たウルトラライトの数々や、真っ赤に輝く複葉機の翼にハンモックを引っ掛けて昼寝している青年を見かけたりして、私は嬉しかった。だんだん狭苦しくなるばかりの世界の一角で、あの夢のような時代の自由の気風に出会ったような気がしたからだ。この辺りの話を始めるとまた脱線して長くなるのでまたの機会にしよう。

さて、「シーマン・シップ」なんて言葉はもう死語になったのだろうか・・・近頃、目にすることは滅多にない。昔もそうたびたび耳にした訳ではないが、私がウィンドサーフィンに熱中していた頃は、海で風読みをする人々も当然心得ている常識のようなものだったと思う。その意味合いは、やはり「ジェントルマン・シップ」を踏襲してはいるが、「相手の立場を尊重する」から「弱い人や困っている人を助ける」、つまりは「思いやり」の精神に多少シフトしたものと理解している。

言葉の生死はともかく、その精神は、同じ海で生きる各種の「船乗り」や「漁師」や、時にはプレジャーボートなどを楽しむ人たちの中にも今なお厳然と生きていて、私も何度かその「思いやり」の現場に両方の立場で遭遇している。この数年では、カイトサーフィンに関係して、通りがかった漁師の方が声をかけてくれたり、近くの水上バイクには3回ほど乗せてもらったり岸まで引っ張ってもらったことがある。前にも書いたように、私にとっては必要性のない助けではあるが、こういう種類のシーマン・シップの発露は、ただ「有り難いこと」で、その行為や好意を無にするのは返って礼に失するだろう。

その純粋な親切に喜んで応える私の行為を、何を思ったか「(あなたのしたことを)どう思うか?」などと詰問する人間もいた。その後、「みんな心配している・・・」などと、まことに底の浅い理由付けをしようとした。これなどはとりあえず不愉快で迷惑な話だが、これから彼(彼ら)も、もう少し広い世界を知り自然の妙を知るに至れば、自己の未熟さ加減に気が付く時が来るだろう。人間は誰しも、「間違いを繰り返しながら成長する動物」である。

バーの破断

昨日も出かけた堀江海岸は割合まともな北東風。風はまだ冷たいが、セミドライを着込むと全く寒さを感じることはない。少しは特性が分かり、根元で切れたラインをそのまま短めにして修理を終えた15㎡にディレクショナルで少し飛び方を覚えながら上れるだけ上ってみよう・・・と、風が東に寄りながら引き始めた海に出た。27628617.JPG

結果は画像→のトラックログの通りで、ワンレグ最後の下手なジャンプの後ジャイブに入ろうとしたら、失速して失われた翼形が急激に復元した瞬間に、ブチッ、バキッ・・・と音がしてカイトが飛んだ。今回は手元のバーの半分が無くなっていた・・・コントロールバーがほぼ真ん中で折れてしまったのだ!^^;ウィンドでマストやブームが折れることはままあることだが、カイトのバーがこんなにきれいに切断するとは考えたこともなかった。

30分ほど漕いで和気港横の岸壁に至り、内港まで引っ張って梯子のある防波堤に着いた。700mほどは泳いでいるから、25mプールなら14往復したということか・・・年中で一番寒い季節だというのにスーツの中はポカポカになった。IMGP0357-s.JPG

後で見てみると、今回はフロントラインが2本とも切れている。あんまり使うことのなかった中古の15㎡だが、やはりラインの劣化が相当に進んでいたに違いない。それと私の体重とジャンプスタイルによる過加重。ラムエア翼で下手なハイジャンプをすると、カイトはまず失速して翼形変化を起こし、次に急激に回復させた際にとんでもない加重がかかる。(運動エネルギー)=(質量)×(速度2乗)の物理法則の通りだ。

有難迷惑

通常、「有難いこと」と「迷惑なこと」は相反価値なので、両方が同時に成立することはない。しかし、この世界にはいろんな人がいて、様々な人が様々な考え方や立ち位置で関係し合うことから、特に狭い世界では、本来は単純で簡単なものごとが、複雑でめんどくさいものになることがある。「有難迷惑(ありがためいわく)」などもその一つだ。

たいがいの物事は単純で簡単な方が人は幸せだろう・・・と思うので、私の例を少し挙(あ)げることで、有り難いことが増加し、迷惑なことが減少するよう願うことにしよう。

人の例に漏れず私も、今まで生きる過程でずいぶん多くの人のお世話になり、また迷惑もかけて来た。もっとも「お世話になった」と思うのは私で確かなことだが、「迷惑をかけられた」と思うのは私以外の人の領分だから確かではない。

しかし、こと自然の中で単独で行うような趣味に関しては、36年前のスキューバダイビングに始まり、ウィンドサーフィン、パラグライダー、マイクロライト、ディンギー、カヌー・カヤック・・・・・・現在のカイトサーフィンに至るまで、人の助けを必ずしも要しなかったという意味で、お世話になったことはない。そもそもスキューバやパラグライダーはその歴史が始まったばかりで周囲にやっている人がいなかったし、ウィンドサーフィンその他も全て独学独習が当たり前だと考えていたから、最初から自己完結するような付き合い方しかして来なかった。

もちろん、あることを長い間やってると、自ずと同好の知人や友人や後輩ができ、彼らから学び取ることは常にあって、時には複数で自然の恩恵を享受するのも楽しいものだが、大自然の中で一人で行う種類の活動は基本的に「自己完結」するものでないと、その真の醍醐味に触れることはまずできない。これは私にとっては確実な経験則であり、様々な角度から考察を進めることもできそうな気がするが、ここではこれ以上触れない。

正しくは有り難い要素など一つもない話ではあるが、私の「有難迷惑」でまず思い出すのは、ウィンドサーフィンでショートボートの分野が生まれたばかりの頃の堀江海岸・東の浜での出来事だ。板は『ロケット99』という、それまでのサーファー艇などと比べるとずっと短くて格段にスピードが出る作りで、今では当たり前のフットストラップに足を突っ込むとちょっとしたジャンプができるようになった頃のことだ。

実に良い風でひとっ走りして疲れたので中の浜の車で一服した後現場に戻ってみると、浜に置いてあった道具一式が無くなっている。たった30分ほどの時間で・・・これには驚いた。探し回るもなにも障害物など何もない見通しの良い浜であれだけ大きな物体がどうして消えてしまうのか・・・たまたま通りかかった婦人に何か知らないか聞いてみると、彼女は「あそこの人が家に運び込んでましたよ・・・これは私から聞いたとは言わないで下さい」と言って、近在のある家を指差した。

急いでその家を訪ねたら、さっきまで使っていた私の道具が庭にあった。事情を聞けば「誰かが落としたか忘れて帰ったと思って持ち帰ったのだ」と言う。誰がこんなにピカピカでデカイ持ち物を置き忘れるだろうか^^;「ああ、これは典型的な占有離脱物横領(せんゆうりだつぶつおうりょう)だな」と思ったが、とりあえず傷も無く、その人がなにか哀れな気がしてそれ以上追求することはなかった。一つ目の迷惑な話だ。

風遊び

今日も最高気温は10℃を超えず、冷たい北風が入っていた。海に出れれば久々にディレクショナルを使って思い切り沖まで上ってみようと思っていたのだが、安定した3m/sほどの海風。1時間余り、いつものカイティングでほどよい汗をかいて終了。IMGP0355s1024pix100kb.jpg

エア抜きに寝かせたカイトの横で、小さな女の子が砂遊びを始めた。可愛らしいバケツにスコップで砂を入れ、砂プリンみたいなものを作っている。その若いお母さんの幸せそうなこと・・・女の子の楽しそうなこと・・・^^。

小さな子供は砂と、私は風と遊ぶ。使う道具はいくらか違うが、していることの本質に何の違いがあろうか・・・。

ある仏典は「衆生所遊楽(しゅじょうしょゆうらく)」と説き、この娑婆世界は苦しいことや悲しいことで充満しているが、本来、人は「遊び楽しむ」ためにこの世界に生まれ出て来るのだ・・・と言う。無論、この「遊楽」は浅薄な快楽主義の一類などではない。インド生まれの釈尊が、誰人も避けて通ることのできない「生・老・病・死」(四苦)という厳しい現実とまっすぐに向き合い、全生命をかけて取り組んで得た結論の一つだ。

「衆生が遊楽する所」・・・この世界に「仏という何か」が存在しているとするなら、この平凡な砂浜は、彼の目には眩しいほどに光り輝く「遊楽」の浄瑠璃世界と映っているのかもしれない。

呼び方

先日、三脚付のカメラを持った紳士が「写真撮らせて頂いてもよろしいでしょうか?」と丁寧に話しかけてきた。いつものごとく「ご自由にどうぞ・・・^^」と答えた。

更に「これは何というものですか?」「一応、カイトサーフィンと呼んでますが、別にカイトボーディングという呼び名もあります。比較的新しいものだから、まだ呼び方が確定してないようです」と答えながら、ウィンド草創期の頃、同じような受け答えをしていたことを思い出した。

ウィンド・サーフィンかウィンド・ボーディングか・・・私が初めて初期のサーファー艇を購入したショップの店長は「・・・サーフィンは・・・サーファーという特定の商品名から来ているもので・・・ボーディングと言うべきだ!」と強く主張していたが、私は「そんなことはどうでもいいことではないか」と思っていた。大事なのは包み紙ではなくその内容物で、こういう問題はおよそ時間が解決する。30年たった今、ウィンドサーフィンをウィンドボーディングと言う人はまずいない。

そして更に、この紳士は「この動きは“滑る”と言うんですか?」と面白い質問を続けた。「滑るとか、乗るとか、私は走るともいいます・・まあ複合スポーツみたいなものですから、いろんな要素が入っている・・・」などと適当な話をした後で、「複合スポーツなんて言葉、存在したかいなぁ?」・・・と気になり検索してみたら、「複合スポーツ施設」とかトライアスロンやスキー種目で、それぞれ独立したものを順に行う種類のものはあるが、私が使ったような意味の言葉は見当たらなかった。

まあ、これもどうでも良いようなことなので、やがて時間が解決してくれるだろう。

冬の嵐

朝から事務所前の大木がヒューヒュー言いながら大きく揺れている。倒木防止のためにベランダの手すりにロープでつないでいるのだが、その手すりもキーキー悲鳴を上げている。このあたりではめったに来ない冬の嵐・・・見事な大西風だ。

塩屋の様子を見てみたら風速計の支柱も揺れている。近在のアメダスは12時の時点で平均風速21m・・・ちなみに気象庁は毎時10分前からの風速変化を平均する。最大風速は平均風速のおよそ1.5倍はあると考えていいから、海岸では時に30m近くの暴風が吹き荒れているだろう。

この冬最後の大西になるかもしれない。塩屋アメダスの風速画像にオレンジが出ることは珍しいのでUPしておこう。110212-s-w.JPG

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プロフィール

HN:
寛太郎
性別:
男性
職業:
self-employed
趣味:
風読み・読書・自転車ほか多数
自己紹介:
瀬戸内の小島生まれです。学生時代は国際法を少し。数年間の堅い団体職の後、子供好きが高じて学習塾を、風が好きでスカイスポーツのイントラを、等と趣味と仕事が重なる生活を数十年経験しました。55歳引退計画に従って現在は基本的にフリーですが、相変わらずあれこれ忙しくしています。

生活方針は「無理をしないでゆっくりと」およそ中庸を好みます。東西を問わず古典思想の多くに心惹かれます。まずは価値相対主義を採用し事物の多様性を愛しますが、ミソとクソを同等にはしません。モノゴトには自ずと高低浅深があり、その判断基準は「大自然の摂理と全ての生命(いのち)の幸福」の中にあると思います。敬愛する人物は古今東西少なからず、良寛やB・ラッセルを含みます。

ナチュラリストと呼ばれることを好みますが、人間が創り出した道具類にも大きな関心を持ちます。人間語だけでなく、あらゆる生き物たちの「ことば」に興味が尽きることはありません。60~70年代ポップスや落語を聞いたりすることも好きです。

・著作:『空を飛ぶ・一つの方法』
・訳書:『リリエンタール最後の飛行』
・訳書:『個人と権威』

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