内容はカイトに限らず種種雑多です。好みの選択は「カテゴリー」をご利用下さい。日本語訳は全て寛太郎の拙訳。 2010年10月18日設置
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私はこの惑星(地球)上で生命が誕生したとも、私たちが宇宙の中で優れた存在だとも思わない・・・多くの教師がそう思わせようとしたけれども。
私たちが「宇宙の主《ぬし》」であり、どんなことも思い通りになると考えることはどんなに便利であるかちょっと考えてみて欲しい。しかし、これは地球上で、私たちと同じ種やその他の生き物たちを殺し続けているという、今日私たちが直面している問題の根源である。この惑星としての地球上でどのようにして生命は誕生したのだろうか?
科学者たちは地球は46億歳と言うが、宇宙はそれどころではなく、想像できないほどの古さと広大さを持っていて、無限の惑星や太陽(恒星)や月(衛星)を含んでいる。この惑星(地球)や、それよりはるかに古い惑星上には、目に見ることはできないにしてもあらゆる場所に生命が存在すると私は信じている。しかも、現実に何が起こっているかを知っているのは私だけだという訳ではないのだ。
私たちが何者であるか、私たち自身の歴史や宇宙での位置を知りたいという強い願望について、権威ある人々によって語られ続けているのは明らかである。しかしそれにもかかわらず、私自身の生命については私自身が専門家である。地球の向こうにある生命体を認めるということは、私たちの科学や宗教や信念の体系や世界観は適当なものでも受容されるものでもないことを認めるということである。それを見る準備ができている人々には、その過程はゆっくりと展開され進行していくだろう。
地球外生命体を認めたとき、私たち自身についての太古からの疑問や、大宇宙の最も深い意味合いで私たちが何者であるかに対する真の解答を得ることになるだろう。もし明日、地球外生命体が目の前に現れたら、ほとんどの人々の自己像は変化を遂げると、あなたは思わないだろうか?
前書き
子どもの頃、私は聖書も聖書的「神」も信じなかった。両親はそれを望んだが、私は馴染むことができなかった。聖書は明らかに巨大な物語として、本棚のフィクションの位置に収まっていた。一つの物語がどうして万人の現実となることができるだろうか?私自身の物語と他の人々の物語はどうだろうか?
両親は私を神学校に送り、ある夏休みには僧侶と共に住まわせることさえした。いつの日か私がイエズス会に入って救済されることを望んで。私は懐疑論者でも無神論者でもなかったが、12歳まで道に迷っていた。当時、私は多くの人々が「神聖な領域」とみなすものを見たし感じてもいたのである。そして、聖書の創造神話は私が経験していたことと全く整合しなかった。
教会は生命が地球上で発生し、地球は宇宙の中心であり、地球外生命体など存在しないと伝道していた。私はというと、この世界のどんなものより進歩していると思われる、他の世界からの存在と交流していたのである。しかし、批判されることや社会からつまはじきにされることを恐れて、私はその事実を隠していた。
今や私は大人であり、他の人々が私をどう思うかあまり気にしなくなった。そして、幼い頃よりももっと世界に貢献できると思う。人類よりも高度に知性的で優れている知的生命体が存在せず、それらの生命形態が今日私たちと共にあると推定しない理由は絶対にない。教条的な宗教や科学が、私たちにが何ものであるかを如何に激しく信じさせようとしても、それに真に答えられるのは私たち自身だけである。
夕空の深淵を凝視すれば、その深淵が私たちを凝視する。そして、多くの人々が信じてきたほど、地球はそう古くも特別でもないということを私たちに思い起こさせる。実際、地球は永遠の宇宙に比べれば比較的新しい惑星である。私たちは、自分が何者であるかについて、もう教条的な宗教や科学に頼る必要はない。ただ、私たちが「全てのもの」の重要な一部であるということを時々思い出す必要があるだけである。私たちは皆繋がり合っている。この繋がり合いが、大宇宙の際限のない心や意識を利用する能力を提供してくれるのである。
教師たちは私に生命の存在しない宇宙を想定させようとしたが、私はそれを信じなかった。私はいつも宇宙には他の知的生命体がいるという生得的な感覚を保ち続けていた。仮にSETI(地球外知的生命体探査)が、私たちが本当に孤独な存在で、そう考えている人たちが存在し、「地球外知的生命体との接触なし」と結論しても、そんなことを想定するのは馬鹿げていると思っていた。私は、彼らが大多数の現実的考え方に迎合していると考えていたから、すでにこの分野に科学的業績が提供することを求めているものを支持しなかった。
また、私は無から宇宙が発生しただろうとするビックバン理論や、進化の理論そのものは支持するが、私たちが地球上で醸造された有機体のスープから進化したというダーウィンの進化論を信じなかった。もちろんETは宇宙のどこかで進化したのかもしれない。私は悪い生徒だろうか、それとも悪い先生を持った良い生徒だろうか?私の教師のほとんどは、良い報酬との引き換えに、大多数の現実、或いはそれがどのようなものでも、支配的な世界観を受け入れるよう説得されてきた。現状を支持すれば、多くの経済的見返りがあるのである。私の見方は異なっている。なぜなら私の経験が異なっているからである。そして、私は社会的容認やお金のために俗論を容認する方向に心が傾くことはないだろう。
訳書『ドイツ人学者が見た日本国憲法』が本の泉社から届いた。昨年の秋から半年ほどかけて、ゆっくりとした翻訳の過程を私なりに楽しみながら仕上げたものだ。多少の苦労もあったが、たぶん人間にとって、深い楽しみのたいがいは多少なりとも労苦を伴うものである。
製本されたものを見てみると、多くの写真やイラストがきれいに配置されていて、編集者の力量が伺える。かなり見栄えが良く読みやすいものに仕上がっていた。もともとは脚注含めて倍ほどの量がある論文で、文章は決して柔らかいものではないが、日本国の根本法である憲法を、歴史的に相当に深く掘り下げて評価する内容である。興味のある方はご一読いただきたいと思う。
カール・ユングに影響された作家の中には、UFOは現実の物体ではなく調和と均衡を求める人々によって「マンダラ」が視覚化されたものであると仮定する人たちもいる。しかし、私が期待することを正確に語ってくれた人はいなかった。つまり私が目撃するまでUFOについて適切に説明されることはなかったのだ。そして、私の観察は私が現場に到着する前後に出てきた人たちと一致していた。私は人生に調和があり、世界に均衡があることが喜びであることを否定しないが、この「マンダラ」の私たちの観察は全く同一の形態を描写しているように思える。
その円形の一団はあまりに遠くボンヤリしていたので写真に撮ることはできなかった。しかし、私はこの体験を極めて鮮明に思い出すことができるし、いまだに常識的な説明をしたいと思っている。その間、この異常な目撃は私の個人的な神話に何か影響を与えたのだろうか?
(1)科学は私たちが当惑する体験の全てに説明を与えきたわけではなかった。(2)疑いがあるとき、謎に満ちた状況に対する適切な態度は偏見のない懐疑主義である。(3)他の人々の不可解な出来事を意味のあるものにするには寛容であることが賢明である。彼らの個人的神話がはなはだしく有害でも悪意のあるものでなければ、それらは在り得る話として、当惑させるような状況を理解する試みが必要である。
加えて、これらの姿勢の一つかそれ以上が、個人的な神話を創り出すことにおいて、結果的にそのような異常性を説明するきっかけに成りえるのである。創造的な産物は、しばしば後に主流を成す文化の根っこ部分になる個人的な先見性を反映してきたのである。
仮にこれらの説明や経験が地球外生命体の証拠を提供しないとしても、それらは私たちを、人類の記憶や感情の世界の不思議により深く引き込み、まだ発見されていない私たちの内なる世界の領域の図表を作るのを助けることになるのだ。
※スタンレー・クリップナーは人間性心理学協会の前会長であり、この分野で分水嶺をなす『夢テレパシー:睡眠中の超感覚的知覚の実験』の共著者である。クリップナーは人間意識、超心理学的現象、意識の変性状態の先駆的業績において世界的に知られている。何百もの記事や『神話的道程・霊媒師になること・ヒーリングの状態』『スピリチャルヒーリングとシャーマニズム』など多数の本の著作者でもある。彼は夢や催眠や個人的神話などについて世界的なセミナーや講習会を行っている。
WEBサイト:www.stanleykrippner.weebly.com.
この前書きは、『禅・接近遭遇の技巧:狂気の智恵とUFO』のスタンレー・クリップナーによる「異常な目撃」の章をポール・デビッド・パースグローブが編集したものである。
序文
1561年にドイツで描かれた絵。UFOを描いたもので、右下には墜落して煙を上げていると見られる、と考える人もいる (ウィキペディア)
人間は人生の途上で困惑させる出来事を説明する必要があり、文化的、民族的、家族的、また個人的な、多くの段階で神話の類《たぐい》を作り出している。人間の脳は信条を探り、また事実を捜す。その結果得られた私的な神話は時に文化的神話に埋め込まれた有力な意見と衝突することがある。私がUFO(未確認飛行物体)論争にアプローチするのはこの枠組みにおいてである。
私はUFO問題について、アレン・ハイネック氏、ジョン・マック氏、マイケル・パーシンガー氏など高名な研究者たちと議論し、カール・セーガン氏やフィリップ・クラウス氏の講義を聞いてきたし、時に接近遭遇をしUFOを目撃したと主張する何十人もの人々と話をしてきた。またUFOの住人と私的な触れ合いを持ったと主張する数人の個人と会ってもいる。その中には、誘拐(アブダクション)されたという人や、身体の部位を精査されたという人や、体内に異物を植え込まれたという主張する人もいる。
そんな中、1991年の2月、私は普通でない経験をした。ノエティク・サイエンス(純粋思惟科学)学会(元宇宙飛行士・エドガー・ミッチェル氏が設立した組織)が、スピリチュアルなコミュニティーや地元の治療師を訪れるために、グループでブラジルに行かないかと誘ってくれたのである。2月22日、我々はミナスガライス洲の歴史的な採鉱町、オウロ・プレト近くの素朴な田舎ホテルに滞在していた。
夕食時、グループの一人が、私がUFOを見たことがあるかどうか尋ねてきた。私は無いと答えた。数年前、私は2人の友人と夜明けの谷に行き、ブラジル人のスピリチュアルなコミュニティーに参加したときのことを話した。屋外での瞑想セッションの間、私たちは3人は講堂のそれぞれ別の場所に座っていた。そのセッションの直後、友人の一人・ロルフがやって来てUFOを見た、と語った。それはブルーのディスク状で底の部分で光が点滅しており、およそ30秒間見えてから消滅した。
数分の後、他の友人・アルバートが駆け寄ってきて、私にUFOを見たかどうか聞いた。私はすぐに彼をロルフから引き離して、ロルフの話が聞こえないようにし、詳細をたずねた。彼の目撃は10秒以下だったという点を除いて、アルバートの説明はロルフのものと完全に同じものだった。それから夜明けの谷の住人たちは、午後の瞑想セッション時、特に音楽がかかっている時によくUFOを見ると話してくれた。
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