内容はカイトに限らず種種雑多です。好みの選択は「カテゴリー」をご利用下さい。日本語訳は全て寛太郎の拙訳。 2010年10月18日設置
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道中のサービスエリアで休み休み移動しながら6時間。山陰地方最初の町は境港(さかいみなと)だった。北に半島、南に中海、東に弓ヶ浜という長大な砂浜をひかえるこの田舎町には「水木しげるロード」なるものがあり、家内はぜひ見ておきたいと言う。私も同様。(写真・商店街の裏口→)
『ゲゲゲの鬼太郎』のファンなら大概そうだろう。私にとっても水木しげるは、漫画家という肩書き以上の存在だ。おそらく日本よりも海外で評価の高い博物学者・南方熊楠を私は天才的大学者だと思っているのだが、水木も彼が好きで、その伝記を水木流にマンガ化した『猫楠(ねこぐす)』という本を書いている。このマンガ単行本は和歌山の南方熊楠記念館にもあって、私はこの春の紀州旅行の際にここで手に入れた。
水木は典型的な「劣等生」や「おちこぼれ」の半生を経て漫画家になった。幼い頃から神童と呼ばれ、今でこそエコロジーの元祖と言われる熊楠も、晩年を迎えるまで高く評価されることはなかった。性格も分野も生き方も大きく異なる二人だが、遅くまで時代・社会に認められなかったという点で共通している。
しかしもちろん、水木が熊楠に魅かれる理由はそんなことではない。この辺のあれこれについて、私はいろいろと想いを巡らせるが今は頭が熱い。ちょっと面倒くさい話になりそうなのでまた気が向いたときに書く。
境港はとても細長い港町だった。水産庁の調査船や大型のイカ釣り船が全て横付けで着岸している。すぐ奥に続く小ぢんまりした商店街は、おどろくほど多くの観光客で活気があった。もし妖怪たちが登場しなければ、全国に広がる寂(さび)れたシャッター通りの一つになっていても不思議ではない。
境港から米子まで続く弓ヶ浜は並行して走る道路から眺めたに過ぎないが、素晴らしく長く美しい砂浜であることはよく分かった、もし、翌日が東寄りの風だったら、この浜で存分に風に吹かれていたことだろう。
米子で一泊したホテルのサービスは満足以上のものがあった。過去の旅で、あれもこれもと欲張りすぎた失敗を踏まえて、今回は米子周辺から大きく動かない。境港の見物で主目的は達成している。翌日はノンビリ過ごして帰るのみ。一応、近くのカイトエリアもネットでチェックし、良い風に吹かれて後悔しないようにと跳び道具もワンセット持参している。
結果・・・何も後悔することはなかった。昼前に到着した安木の河口エリアには、カイトやウィンドが30人ほどは集まった。香川のYさんに会ってビックリ喜び、F君を知る広島のカイトボーダーともお話できた。やがて西風7m前後で安定。15㎡で跳ぶにはちょうど良いコンディション。地図で読んだとおり素晴らしいエリアだ。多くの風は東西方向に吹きぬけるのだろう。中海に向かって伸びる小さな砂州周辺にはフラット水面があちこちにある。海水かと思っていたら淡水に近い汽水だった。
今回のプチ旅行ほど予定通りに事が運んだ旅も少ない。ただ、一泊旅行で往復12時間の高速移動は少々キツかった。高速道路はまちがいなく便利で効率的、そして、それだけのものだ。 旅の妙味はたぶん便利や効率の対極辺りにある。
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